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大友皇子 飯(いい)を給(たも)う [発見]

今日はチームの朝練に参加。大多喜方面の100㌔コース。
集合は土気だが、自走で向かう。
土気集合に間に合うはずもなく、大多喜へ南下するコースの途中、自宅から33㌔地点の長南町でチームに合流した。
前回は千葉・市原の境で合流したが、今回は距離と時間を勘違い。前回のスタートが高滝だったことを完全に忘れていた。

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練習コースの核心部は大多喜から伊藤大山を越えて高滝に抜ける山岳区間なのだが、今日はkobaちゃんの案内で笠森で登りのコースを1本追加した。
おかげで伊藤大山越えでは散々。相変わらず登りでは弱すぎ・・・。

大好きな下りも車が立ち往生していて気持ちよくなかった。
細い林道にGWで県外からやって来た(おそらく山道に迷い込んだらしい)車が10台以上もいた。普段は地元の車が数台通れば多いくらいなのに。

月出頂上で集団と離れ、帰路につく。
「飯給ルートですか?」のkobaちゃんの問いに
「登りたくないから行かない」と答えた。

山を下りてみると自然に飯給ルートに脚が向いてしまった。
万田野越えは自宅への最短ルートでもあるし、あまりにも登りに弱いので「もう1本登ってやれ」という気持ちになっていた。

飯給ルート入り口の養老川にかかる「待場橋(まちばはし)」に塗装の剥がれた立て看板を見つけた。今までなんで気がつかなかったんだろう?
「待場橋の由来について」の説明には、壬申の乱で敗れた大友皇子が追っ手から逃れる時、川にかけられたこの橋に「待場橋」の名をつけたのだという。
この橋でバラバラに散ってしまった家臣を待ったからだろうか。

その時、近在の村人が皇子の威光に打たれ、御飯をご馳走した。皇子は大変に喜び、この地を飯(いい)を給(たも)うた場所「飯給(いいたも)」と名づけたと伝記には記されている。
その後「いいたも」が「いたぶ」と変化して現在の地名の呼び名として残っている。

大友皇子はその後、万田野を越えて小櫃川で最後の戦をするが、武運なく最後を遂げる。
皇子が腹を切った小櫃川の支流を「御腹川」といい、俵田の白山神社に皇子は祀られている。

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itabu.jpg

皇子の伝説に惹かれて小湊線飯給駅のあたりをウロウロしてみた。
幹線道路から外れて静かなところである。

飯給駅は沿線でもとりわけ小さな無人駅で、この懐かしさと温かさと、もの哀しい感じはたとえようがない。
僕が生まれた頃の僕の生まれた里の風景がそのまま残っているような気がして、離れ難かった。

大友皇子の足跡をたどったわけじゃないが、万田野を越え、御腹川の流れに沿って走り、俵田白山神社の前を通って自宅に帰還。

走行距離:82㌔

P5030201.JPG

大友皇子の伝説を僕は見逃すことが出来ない。
なぜって、僕は俵田白山神社の氏子だから。毎年秋の神社大祭で神楽を奉納するのもこの大友皇子が祀られている白山神社。そういえば、飯給駅の向かいの山にあった神社も白山神社だったな。
「飯給」興味ありです。

壬申の乱→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%B3%E3%81%AE%E4%B9%B1

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奥州安達ヶ原の鬼婆 [発見]

<Nantaroの夏休み その5>

みちのくの 安達が原の 黒塚に
            鬼こもれりと 聞くはまことか
                           平 兼盛

涼しさや 聞けば昔は 鬼の家
                           正岡子規


夏休みの最終日は安達ヶ原を訪れてみた。
二本松の安達ヶ原「黒塚」には昔から歌舞伎や謡曲、浄瑠璃で演じられてきた有名な伝説が残っている。

いまから1300年前の「安達ヶ原の鬼婆(おにばば)」の哀しい物語・・・。

京の公卿屋敷に仕える乳母「いわて」は献身的に育てた姫の病を治したい一心から「妊婦の生き肝を飲ませれば治る」と言う易者の言葉を信じ、遠い奥州に旅立つ。
そしてたどりついたのが安達ヶ原。
月日は流れ、ある木枯らしの冷たい晩のこと。一夜の宿を請う旅の若夫婦(生駒之助・恋衣)が「いわて」の前に現れる。
「昔、京で離れ離れになった母をさがしている」という恋衣は身ごもっていた・・・。

安達ヶ原の鬼婆の物語はこちらへ→
http://www.rg-youkai.com/tales/ja/07_fukusima/01_adachigahara.html


P8170424.JPG
↑↓黒塚
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旅人を殺しつづけ、生き血と肉を喰らう「安達ヶ原の鬼婆」。心ならずも鬼と化さねばならなかった「いわて」は、熊野の僧・東光坊と白真弓如意輪観音の功徳に討たれ、阿武隈川のほとりの「黒塚」に葬られた。

雨を集めて濁流になった阿武隈川の流れを聞きながら黒塚にお参りしたが、垂れ込めた雨雲と杉の巨木を背景にした塚が醸しだす、ある種の脅迫感に息が苦しかった。

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↑鬼婆の岩屋

「黒塚」近くの観世寺(東光坊開基)境内には鬼婆が住みかとした岩屋や夜泣き石などがあり、観世寺宝物館には鬼婆が用いた包丁や遺品、什器が保存され「黒塚」の縁起を知ることができる。
巨大な岩が折り重なった岩屋は鬼の存在を信じさせるのに充分な説得力がある。各地の奇岩にも必ず不思議な伝説が語られる。安達ヶ原の伝説もこの岩が語らせたのに違いない。
この日、安達ヶ原は確かに涼しかったが、子規の「涼しさや・・・」の句に感じられるように岩が発する目に見えない冷気は確かにあった。


現在、安達ヶ原の鬼婆は「安達ヶ原 ふるさと村」の五重塔に棲んでいる。
「安達ヶ原 ふるさと村」は江戸時代の二本松地方の人の暮らしを再現したテーマ公園。

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暗い怨念に縛られた鬼婆はこのふるさと村で「母の愛の守り神」として復活した。時代が変わり、鬼婆の愛の姿がよりクローズアップされてきている。
鬼婆キャラクターの「バッピー」は暗さを微塵も感じさせない元気な少女のような姿で描かれ、こどもたちの友達になった。

旅人を追い、包丁を振りかざした鬼婆が風のように走った茅の原は、今はない。
シューという唸りを聞き、阿武隈川の流れから目を上げると、ふるさと村の水車小屋の向こうに流線型の東北新幹線が駆け抜けていった。


真弓山観世寺→http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/kanko/kanko/meisho5.html
安達ヶ原ふるさと村→http://bappychan.com/index.html

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二本松・岳温泉あれこれ [発見]

<Nantaroの夏休み その4>

2泊目は二本松の岳温泉「安達屋」に投宿。二本松と岳温泉のミニ情報です。

★成駒食堂 「ニコニコラーメン」と「ソースカツ丼」
岳温泉のメインストリート入り口にある食堂「成駒」。ボリュームたっぷりのメニューが迫力です。

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昭和57年からメニューに載ったオリジナルの「ニコニコラーメン」。
具をただ並べただけでは表現できないような笑顔をたたえてやって来る。味だけでなく見た目もウマイ。

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名物「ソースカツ丼」。
カツの厚さとご飯の盛り具合は見ているだけで満腹になってしまう。完食するのは大変。女性は覚悟して注文すべし。


★二本松の銘酒「大七」
福島の酒はうまい。福島を訪れるたびに僕は日本酒を買う。
以前は会津の「名倉山」を贔屓にしていたが、二本松の「奥の松」を呑んでから酒は二本松に決めた。
3年前から、生もと造りの「大七」に首ったけ。「大七」は酒らしい酒だ。
洞爺湖サミットの乾杯のために用意されたのがこの「大七」。コミックの「美味しんぼ」にも紹介されている。

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うまい酒にはなにもいらない。うんちくなんてどうでもいいのだ。
宿に着くなり土産物屋に一直線。ひと風呂浴びる前に「大七」の封を切る。
「大七」の純米、いいねぇ~。

名倉山→http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/j/kanko/city/sake/nagurayama_s.html
奥の松→http://www.okunomatsu.co.jp/
大七→http://www.daishichi.com/index.shtml


★福島名物「玉羊羹」
丸いゴムチューブに包まれた羊羹。二本松市内にはいくつもの菓子師がある。どうやってゴムチューブの中に羊羹を詰めるのか、工場を見学したくなる。
薄いゴムの皮を歯で噛み破れば、はじけるように羊羹が飛び出てくる。サイクリングの携帯食にいいかもしれない。
練り餡、黒糖などいろいろ種類がある。
伊達地方の桃は皇室献上桃として有名。

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桃の玉羊羹は・・・、あれっ? 丸い玉じゃないんだ!?
桃の実の形をしてるんですね。
かわいいでしょ!


★岳温泉
安達太良山の麓にある温泉郷。日本で最も古い温泉のひとつに数えられる。
全国的にも珍しい酸性温泉。
源泉は安達太良山の中腹にあり、岳まで湯を引いてくる間に柔らかい温泉になる。

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温泉神社を奥にして約200メートルのメインストリートの両側に大人びて落ち着いた宿がならぶ。
夏の間、温泉郷には無数の提灯が掲げられ、夜の岳はため息が出るくらいに日本の夏ムードが漂う。
夏の終わりに盛大な盆踊りが催され、岳温泉の夏はクライマックスを迎える。
今年の盆踊りは8月23・24日。
岳温泉→http://www.naf.co.jp/dake/welcome.stm

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リュウゼツラン開花 館山道 市原SA 下り線 [発見]

<Nantaroの夏休み その1>

写真はなかなか見る機会がないとされる「リュウゼツラン」の花です。

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地上5メートル以上?
遥かに見上げる高さの花茎に、白っぽい花をたくさんつけていた。

ここは館山自動車道「市原SA」下り線。
花が咲きそうだという情報はラジオで2週間くらい前にたまたま聞いていた。
今年も福島の吾妻連峰に夏休みを過ごしての帰り道の今日、「そういえば」と思い出して立ち寄ってみて目撃。

2株のリュウゼツランから大人の腕くらいの太さの長大な茎が伸び、その先に写真のような花が咲いている。
離れて見ると、花というよりは松の枝とか槇の植木のように見える。

英名「century plant」。
リュウゼツランの成長は遅く、花を咲かせるまでには数十年かかるのが一般的。あまりにも成長が遅いため「一世紀に一度咲く~century plant」と名づけられたらしい。
花を咲かせると枯れてしまう種が多いみたいで、市原SAのリュウゼツランも花を咲かせながら、すでに葉は枯れはじめていた。


※ 福島の旅のエピソードは幾つかに分けて紹介します。

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千葉県一周 俺たちの伝説挑戦中 [発見]

昨日の房総サイクリングで鶴見さん達を見送ったあとの話。

鋸山トンネルの中で、ある自転車のグループに追いついた。

テントやマット、炊事道具を満載した自転車が4台。荷物の後ろにはこんな看板を背負っていた。

「千葉県一周 俺達の伝説挑戦中」
「ご迷惑をおかけします 安全運転のご協力感謝します」

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お父さんと小学生らしい男の子の3兄弟。家族です。
千葉から走って来たらしい。
出合ったのは千葉から70キロの地点。

「えらいぞ! 頑張れ!」
「ありがとうございます!!」と元気な声が帰ってくる。

昨日は館山まで走っただろうか? 時間的には富浦で日没だろう。

昨日に較べると今日は暑かった。夕立もあったらしい。昨日あれだけ走ったので今日は鴨川までが精一杯だろうな・・・。

千葉県一周は400キロを超える。
無事にこの旅が終わることを願わずにいられない。

久しぶりに見た、いい光景だった。
一生懸命な親子の姿に、ちょっとこみ上げてくる。
2008年夏のこの挑戦は、この家族の伝説を作り、一生の思い出と財産になるんだろうね。

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茄子? [発見]

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こんなの見たことある?

袖ヶ浦のハウスで獲れた「手が生えた茄子」です。

どうしたらこんな形に育つのか不思議。

今にも動きそうに見えませんか!?


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この茄子を眺めていたら「ウエツキチエコ」さんのことが頭に浮かんだ。
ウエツキさんは自転車の情報雑誌「CYCLE SPORTS」に連載されている”橋本聖子のセイコログ”のイラストを描いている。

イラストレーターであり、シンガーソングライターでもあり、自転車チーム「NASU FAN CLUB」の運営もやっちゃうなんでもクリエーターです。先日の鈴鹿耐久レースでは「NASU FAN CLUB 」を率いて茄子の着ぐるみを着て走っちゃったらしい。

小学校時代から描き続けた自分の似顔絵が、いつしか「なす」に見えてきて・・・。ウエツキさんのシンボルとして描かれる「なす」は全て彼女の分身なんですね。

あるネット上のコミュニティで友達になり、親しくしていただいています。
「CYCLE SPORTS」読む機会がありましたら、彼女のイラストの世界を堪能してくださいね。

ウエツキさんのオフィシャルブログ→http://ameblo.jp/mrynasu/

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自由にお書きください・・・ [発見]

昨日の峯岡サイクリングで見つけた「変」な標識。コスモクラシックのゲートがある白石峠に立っています。
この坂「何パーセント」の勾配なんだ??

P3230045.JPG

実はこれ、記念撮影用に立てられた標識なんです。
「好きな数字を自分で書き入れて写真に納まりましょう」という訳。
これなら100パーセントの坂だって制覇できちゃう。
優れものです・・・。



んなわけ、ない!
しかし、なんじゃこりゃ???

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昭和25年 会津 鶴ヶ城本丸 [発見]

14日、土産を買おうと思って立ち寄った鶴ヶ城会館で見つけた写真です。
昭和25年に撮影された鶴ヶ城本丸の写真なのですが、石垣に囲まれた広場をたくさんの人が取り囲んでいます。
何が行われているかわかりますか?

なんと、競輪ですよ!
終戦間もないころなのに、なんともたくましい。
どんなトラックだか想像もつきませんが、立派なバンクです。

お城の中にすっぽり収まった競輪場。現在の鶴ヶ城には面影すらありません。

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ロシア人上陸の地 [発見]

きのう気まぐれに天津小湊の葛ヶ崎をポタリングしていたときに見つけました。

鎖国時代の日本に初めてロシア人が上陸した海岸らしい。
1973年6月19日、ロシアのオホーツク探検隊の船団のうちの1隻「ガブリエル号」の船員数名が小船に乗り換えて上陸したと記念碑には書いてある。

警戒の厳しい北日本を避けて偵察したのか、あるいは水や食料に困ってやって来たのかわかりませんが、なかなか大胆です。
江戸時代後期のロシアといえば南下政策で盛んに国後や北海道に姿を現わしていたのですが、当時最初に上陸した地点が北海道や東北ではなかったとは意外でした。

たまに脇道にそれてみるのも発見があって楽しいものです。

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